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About Career 富士フイルムで紡ぐ+STORY

[image] 富士フイルムで紡ぐ+STORY

私が紡ぐ+STORY

ライフイベントと
挑戦を重ねて築いた
自分ならではのストーリー。

坂田

富士フイルム和光純薬
化成品事業部 課長
2003年度入社

どんな学生時代を過ごしていましたか?

大学では応用化学、大学院では化学工学を専攻。環境分野を題材に、廃棄物を吸着材へと転換するプロセス設計など、汚染物質を「どう分解・活用できるか」という実装型研究に取り組みました。研究以外では環境ボランティア活動などに参加し「現場で起きている環境課題」を体感。学業と並行して多様なアルバイトを経験しつつ、大学院時代は研究が生活の中心でした。

入社時の夢や目標は?

入社時に描いていた目標は「現場に近い場所で、ものづくりのプロセスに関わること」でした。研究よりも量産化や設備条件を設計するプロセス技術に関心があり、工場に近い技術部門を強く希望。女性の配属が少ない時代でしたが、製造部の技術部門に配属されました。

入社から現在までのストーリー

入社〜

“最後の写真フィルム素材”の現場に立つ

入社当時は写真需要が急速に落ち込み、新規事業が立ち上がり始めた転換期でした。素材を生産する化成品製造部の技術課(現・マテリアル生産本部)に配属され、写真フィルム用素材の大規模プロセス開発・立ち上げを担当。「これが最後の写真の素材になる」といわれた象徴的なプロジェクトでした。ラボで得た条件を実機へ落とし込む中で、プロセス設計の醍醐味と難しさを体得。現場に根ざした技術職としての基礎が築かれた時期でした。

一番記憶に残っているできこと

まだ、女性の配属が少なかった部署で、現場と真正面から向き合い「やれることを証明したい」という思いで働いたこと。技術者としての自負と粘り強さの原点になりました。

入社7年目〜

インクジェットプリンター用色材の営業技術

産休・育休取得後、元職場への復帰が難しかったため、会社と相談のうえ、技術を生かすことができる産業機材事業部(現・アドバンストファンクショナルマテリアルズ事業部)に異動。買収したイギリスの色材メーカーが開発する新規素材を、日本サイドの営業として展開することを担当。日本市場が求める細やかなデータ積み上げと、イギリス側の「理論で十分」という文化の違いをつなぐ役割を担いました。顧客の期待値と社内外の技術観を翻訳しながら、双方の理解を深めていく調整力が鍛えられました。

一番記憶に残っているできこと

国も文化も違う技術者集団を相手に「富士フイルム的品質観」をどう共有するかを試行錯誤したこと。 同時に、出産・育児を経て、短時間勤務・在宅勤務の制度改善にも当事者として向き合った時期でもありました。当時は制度が整っていなかったため、「現場の実情」を踏まえた改善提案を行い、翌年には制度化が進むなど、働き方の変革を内部から押し広げる役割も担いました。

入社15年目〜

新規事業マーケティング・参入の検討

第3子産休・育休取得後、高機能材料開発本部(現・エレクトロニクス戦略本部)に異動し、富士フイルムの要素技術を他産業へ展開するマーケティングを担当。自動車、建材、ラッピング材など、これまで接点の少なかった領域に向け、「社内技術の再発見」と「用途探索」を推進。技術の切り口を変えることで、新たな顧客価値をつくる面白さと富士フイルムの技術力の幅に気づいた時期で、ストーリーの中で最もわくわくした時期でもありました。

一番記憶に残っているできこと

“化学材料”に限らず、複合的な富士フイルム技術を俯瞰して提案できるようになったこと。 そして、専門が固定されがちな技術者にとって「技術の本質を別の用途に翻訳する」経験は希少で、この幅が後の事業企画の基礎にもなりました。

入社17年目〜

富士フイルム和光純薬へ出向

富士フイルムグループで、試薬・化成品・臨床検査薬事業を担う富士フイルム和光純薬へ出向。現在は、事業企画部と生産戦略本部を兼任し、設備負荷、在庫水準、収益構造などを結びつけ、「個別最適化」ではなく「全体最適化」で事業を動かす役割を担っています。プロセス技術やマーケティングとは異なり「一人で何とかできる世界ではない」と痛感し、関係者を巻き込み構造を変える仕事へと視座が進化しました。

一番記憶に残っているできこと

在庫管理の仕組みを改善し、収益性向上につなげたこと。ものづくりに貢献する手段が“技術”だけではないと実感した転機になりました。

自分のストーリーを振り返って、一番成長したタイミングはいつでしたか?

現在の在庫最適化の課題への取り組みです。経験も知識もゼロからのスタートで「なぜ自分がここに?」と思う時間もありましたが、個人技で突破する技術開発とは異なり、組織を巻き込み流れを変える難しさと醍醐味を学びました。マネージャーとして「自分の成果」から「チームの成果」へと視点が変わったことも大きな転換点でした。

入社時に抱いていた夢や目標に、どんな変化がありましたか?

当初は「現場でのものづくり」が軸でしたが、ストーリーが進むにつれ、プロセス技術、海外パートナー企業との相互理解の深耕、新規用途開拓、事業運営と守備範囲が広がりました。今では、技術・市場・運用をつなぎ、事業全体の流れを設計する役割に魅力を感じています。

+STORYを紡ぐうえで、最も大切にしている価値観を教えてください。

“舗装された道より、誰も行っていない方へ進む”こと。専門性を深めるタイプではなく、未踏領域の混沌を楽しめることが自分の強み。育児休暇などの中断を経る中で、部署が変わることでの環境の変化に戸惑うこともありましたが、逆にそこでしか得られない景色があると感じ、新たな道を見出すことにつながりました。

仕事風景

今後、どのような+STORYを紡いでいきたいですか?

事業全体の価値創造につながる仕組みづくりで貢献していきたいと考えています。生産・開発・営業・企画の経験をつなげながら、バリューチェーンの最適化や、新規テーマの立ち上げに挑戦し続けたいです。特別支援学校に通う子どもがいることもあり、インクルーシブ教育という考え方に触れる機会があり、DE&Iに関わることにも関心があります。生産性とさまざまな個性の包括性をどう両立させていくかにチャレンジしてみたい。また、働き方やストーリー形成の面で、次世代の技術系女性社員が“挑戦を諦めなくて済む環境づくり”にも力を貸していきたいと思っています。

  • 富士フイルムで+STORYを紡ぐ魅力

    「人をきちんと見てくれる文化」があること。希望に耳を傾けつつ、本人が気づいていない適性も見てくれる。ライフイベントを挟んでも複数領域の経験機会を与えてくれる環境が、今の自分のストーリーを形づくってきたと感じています。特に女性にとって、柔軟に働き方を調整しながら挑戦できる土壌があります。

  • 休日の過ごし方

    子どもたちも成長し、最近ようやく自分の時間を少しずつ取り戻せるようになりました。朝の散歩、子どもと一緒にピアノ練習、読書などを楽しんでいます。仕事と育児の両立がもっとも厳しかった時期を思うと「ようやく深呼吸ができるようになった」感覚があります。

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