入社から現在までのストーリー
入社〜
“最後の写真フィルム素材”の現場に立つ
入社当時は写真需要が急速に落ち込み、新規事業が立ち上がり始めた転換期でした。素材を生産する化成品製造部の技術課(現・マテリアル生産本部)に配属され、写真フィルム用素材の大規模プロセス開発・立ち上げを担当。「これが最後の写真の素材になる」といわれた象徴的なプロジェクトでした。ラボで得た条件を実機へ落とし込む中で、プロセス設計の醍醐味と難しさを体得。現場に根ざした技術職としての基礎が築かれた時期でした。
一番記憶に残っているできこと
まだ、女性の配属が少なかった部署で、現場と真正面から向き合い「やれることを証明したい」という思いで働いたこと。技術者としての自負と粘り強さの原点になりました。
入社7年目〜
インクジェットプリンター用色材の営業技術
産休・育休取得後、元職場への復帰が難しかったため、会社と相談のうえ、技術を生かすことができる産業機材事業部(現・アドバンストファンクショナルマテリアルズ事業部)に異動。買収したイギリスの色材メーカーが開発する新規素材を、日本サイドの営業として展開することを担当。日本市場が求める細やかなデータ積み上げと、イギリス側の「理論で十分」という文化の違いをつなぐ役割を担いました。顧客の期待値と社内外の技術観を翻訳しながら、双方の理解を深めていく調整力が鍛えられました。
一番記憶に残っているできこと
国も文化も違う技術者集団を相手に「富士フイルム的品質観」をどう共有するかを試行錯誤したこと。 同時に、出産・育児を経て、短時間勤務・在宅勤務の制度改善にも当事者として向き合った時期でもありました。当時は制度が整っていなかったため、「現場の実情」を踏まえた改善提案を行い、翌年には制度化が進むなど、働き方の変革を内部から押し広げる役割も担いました。
入社15年目〜
新規事業マーケティング・参入の検討
第3子産休・育休取得後、高機能材料開発本部(現・エレクトロニクス戦略本部)に異動し、富士フイルムの要素技術を他産業へ展開するマーケティングを担当。自動車、建材、ラッピング材など、これまで接点の少なかった領域に向け、「社内技術の再発見」と「用途探索」を推進。技術の切り口を変えることで、新たな顧客価値をつくる面白さと富士フイルムの技術力の幅に気づいた時期で、ストーリーの中で最もわくわくした時期でもありました。
一番記憶に残っているできこと
“化学材料”に限らず、複合的な富士フイルム技術を俯瞰して提案できるようになったこと。 そして、専門が固定されがちな技術者にとって「技術の本質を別の用途に翻訳する」経験は希少で、この幅が後の事業企画の基礎にもなりました。
入社17年目〜
富士フイルム和光純薬へ出向
富士フイルムグループで、試薬・化成品・臨床検査薬事業を担う富士フイルム和光純薬へ出向。現在は、事業企画部と生産戦略本部を兼任し、設備負荷、在庫水準、収益構造などを結びつけ、「個別最適化」ではなく「全体最適化」で事業を動かす役割を担っています。プロセス技術やマーケティングとは異なり「一人で何とかできる世界ではない」と痛感し、関係者を巻き込み構造を変える仕事へと視座が進化しました。
一番記憶に残っているできこと
在庫管理の仕組みを改善し、収益性向上につなげたこと。ものづくりに貢献する手段が“技術”だけではないと実感した転機になりました。


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